「さてっとこんなもんでいいでしょ」



 彼は今しがた打ち終えた文章をマイドキュメントフォルダ下のMy storyフォルダに保存する。



何を作成したかは今の所彼のみが知るだけである。空腹を覚えたのか手元にあった薄揚げポテトを何枚か頬張る。



そしてそのまま生みたての我が子をみやる。苦い顔をする。そしてそのままにらめっこ。



「うーん、やっぱ最後のオチがなぁ……。弱いっちゃあ弱い。何かこうもっとマシなオチはなかったのかよ」



一人ぶつぶつ言いながらそばにあったティーカップを手に取る。一口、二口。味など最初から気にしていないかのように画面を注視し続けている。


「まあ、いいや。もうこれ以上書くのも面倒くさいし。今日はもう遅いし……」



 現時刻はAM5:50。外はやうやう白くなりゆく。彼は一度大きく伸びをしてイスを軋ませ、のそのそと布団へ足を運ぶ。



暫し後、一つの有機体しか存在しない部屋に控えめな空気の振動音が生まれた。



 太陽は東より頂上を目指す。



PM12:37。布団に沈んでいる一つの有機体の側にもう一人有機体が現れた。彼と同じぐらいの歳と見受けられる青年であった。この男は布団の彼にとって非常に縁の深い男だ。




 男が声をかける。



「おい優、一体今何時だと思っているんだ。もう昼間だぞ。いい加減起きろ」



肩を揺さぶることで意識を呼び戻そうとする。しかしそれは上手くいかなかった。



男は少々呆れた表情を浮かべ、次に致し方ないといった様子で男はある言葉の列を口にする。以下はその全文である。



「許せ優。お前にとっては望まぬ選択だろうが今の俺にとってはそれは望む選択なのだ。許せ、優」











「…………とまあこんな所だな。それ以外には特に言うべき事はない」



 毅然とした態度で男――天界に住まいし王。名を龍王と言う――が述べ終える。それを聞いていたふくれっ面の青年――名を東城優と言う――が口にするのも嫌そうに眉をひそめつつ龍王に声をかける。



「……わかった。うん、貴方の言った事は理解できましたよ。でもね、龍王さん。一つその前に言っておきたい事が僕にはあるんですよ」



龍王は憮然とした態度で了解の意を示す。



「いいですか、この前も、そしてこれからも僕のためにと何回も言ったはずなんですが、僕を起こす際には言葉で起こしてください。くれぐれもこぶしでぶんなぐるとかいった行為を駆使してこの僕を起こしにかからないでください。貴方のその一撃は世界にはすぐにはどうって事はないでしょうけど、それが僕の様な一個人となると話が176度ぐらい違ってくるんですよ。何せ貴方は天界の中でも大きな力をお持ちになっているんですよ。そこん所をどうか……」



「わかったわかった。でもそれをして欲しくなかったら客が来た時ぐらいすぐに起きろ。こっちはそれほど暇を持て余してるわけじゃないんだ」



「いきなり入ってくるお前に言われたくない」



そして二人の間に短い沈黙が流れた。龍王は相変わらず憮然とした表情で。優はもう少し何か言いた気な目を相手に向けている。



 天気はここ最近ずっと良い日が続いている。しんとした空気。柔らかい日光。こんな状況では雲すらも心地よく空に浮かんでいられるだろう。なのに狭い部屋に男が二人見つめあったまま口を閉ざしているのはやはり変だった。空気を読めよ、とカラスが鳴いた。



 それに気付いたのか優が顔を二、三度横に振りようやく二人の時間を進める。



「あーなんだ。その……ちょっとみて欲しいのがあるんやけど」



顔に恥ずかしさを加えつつ、消えていきそうな自分の声を無理に搾り出す。



龍王は少々意外な顔をして、やがてにやけ顔に移行する。



「なんだ?とうとうお前にも彼女ができたか。そしてその娘と」



「黙れっ」



バチン、と大きな音が六畳一間の部屋にこだまする。そして次にパソコンの起動音。



 暫し後、優は一つのテキストファイルをMy storyフォルダから開いた。つい今朝書き上げたばかりの彼の作品だ。



――Episode-1――



「タイトルはまだ決まってないからとりあえずエピソード1ってのにしたんやけど」



そう言う彼の目は宙を泳いでいる。龍王は、ほぅほぅと顔をディスプレイに近づけて黙読し始めた。



「これでも結構自分的には上手く書けたと思うんやけど」



自分の気恥ずかしさを振り払おうと優は続ける。



「どう?戦闘のシーンとか結構リアルやない?一番苦労した所やからそれなりにイケルと思うんやけど……どう?」



龍王は未だノーリアクション。半分まで読み終えた。



優はやはりまだみせるべきでは無かったと後悔し始めていた。いや正確には一番最初をこいつにみせるべきでは無かった、と。



 あらかた読み終えた龍王は自分の中で列挙しておいた指摘箇所を整理整頓して言葉にする。



「ふむ……まず前半の部分を読むにお前は適当にものを書いている感じがする。シオフォンダシオンとかシークエンスとか。極めつけは許され難き断罪の件だな。本当にわかって書いたのか?」



それを聞いて優はムッとした表情になる。



「失敬な。ちゃんと辞書で調べて書いたっちゅうねん。それに俺はもう大学生やで。そんなヘマするかー言うねん」



「どうでもいいがお前の関西弁はどこか癇に障るな」



「ほっとけ」



「……で次を述べるが、戦闘までにこぎつける敵の理由が不透明だな。女をさらったのはお前を誘い出す為だとして、男が手を抜く意味がわからん。いやお前の描写にはそんな旨は書かれていないが、文面からするとそういう印象をどうしても受けるが」



「それは……もしかして遠まわしに都合良すぎって事が言いたいの?」



「そうだ」



「いやそれはだから、レイドが俺を誘い出す為の囮として使ってただけで、殺すまではしたくなかったんじゃない?」



「しかし男は一撃必殺の合成技を使ってるんだぞ。明らかに殺す気満々じゃないか」



「いや、まあそう言われればそうやけど……」



「それに何故レイドを引っ張り出してくる。アイツはお前にとってそんなに親しい存在なのか?ふざけるのも程ほどにしろ」



「別にふざけてるわけじゃ。敵と言ったらアイツが先に浮かんできて……。でもこの話はアイツありきの話として浮かんだものやから……」



「それにしても敵がレイドとは。くだらん」



「もういいわ。お前にみせた俺が悪かった」



「ああ、そうだな。用はそれだけなんだろ。じゃあ俺は帰る」



優は無言で返す。



「ふん、じゃあな」



ふっと龍王の姿が消えた。そして世界も薄ら薄らと消えて行く。





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