「行かなくちゃ」

そう思えたのはとても自然だった。



「行って会わなくちゃ」

目の前にあいつの姿が映る。



「僕はあいつに会いに行かなくちゃ……」

涙がこぼれそうになった



「僕は……僕には……」


























――Present for you――
















僕とあいつとはもうかれこれ九年の仲だ。同じ小学校で同じ中学校。そして高校も一緒に入学試験を受けに行って一緒に入学した。クラブ活動も一緒なら、卒業旅行も一緒。そう、いつでも僕とあいつは一緒だった。



 仲良くなったきっかけは僕からですごく単純だった。ずっと幼かった頃のあいつはその時から毎日夜遅くまで勉強漬けで小学校に上がってからもずっとそれを親から強要されていた。朝の短い空き時間も、授業の合間の休み時間も、昼食後の休憩時間中もずっと一人机に向かって手を動かしていた。もちろん放課後はさっさと帰って塾へ行く。そんな毎日を日々淡々とこなしていた。いつ見ても顔は不機嫌そうで、友達もいなければ話す相手もいない。クラスの係を決めるときだってずっと黙って黒板の方を見ていて最後の最後に窓拭き係だとか掃除道具係だとかいった皆があんまりやりたくない類の係が残った時、クラスの雰囲気に押されてしぶしぶ手を上げるぐらい周りから距離がある奴だった。僕はそんなあいつがとても可哀想で声ぐらいかけてあげようかと思っていたんだけども、あいつと関わったら何かクラスの皆から一緒に仲間はずれにされそうで、それが怖くていつも見てみぬ振りをしていた。



 あれは忘れもしない十一月の寒い寒い日に起こった出来事だ。その日あいつは珍しく風邪をこじらせていて、学校には完全防備で登校していた。白いマスクに長いマフラー。着物はたぶん三枚ぐらい重ねた上にオーバーオールを着ていて、見るからに辛そうだった。

実際、授業中何度も大きく咳き込んでいたし先生の声もまるで耳に通らないといった様だったから辛かったに違いない。ただその姿は皆からしてみれば異様で、休み時間ともなると一斉に側から離れてコソコソ嫌味話をしていた。それでもあいつは一人黙々とドリルだか参考書だかわからないけど手を動かしていた。僕はその姿を見つつ他の奴の陰険な話を聞き流していた。

 五時間目の体育の授業が終った時それは起こった。クラスのある女の子が持ってきていたリコーダーが無くなっていたのだ。初めの内は皆で必死になってクラス中を隈なく探したけれどいっこうに見つからなかった。数人が廊下を飛び出して探しに出かけたが、とうとうその女の子は泣き出してしまった。というのも次の時間が音楽の時間だったからだ。

 泣きじゃくる女の子を他の女の子達がなんとかなだめながら、先生に言いに行こうと話がまとまり掛けた所に、症状が少し悪化して保健室で休んでいたあいつが帰ってきた。皆の視線が同時にあいつに集まった。そして誰かが何気なくぽつり呟いた。

「あいつがとったんじゃねぇの?」

当然今の今まで保健室で寝てたあいつにこの教室へ忍び込んで女子のリコーダーを盗るなんて事ができるはずもないのに、何故かそれ以降変な噂がたつようになった。

「あいつ朝早く学校に来るじゃん。あれって実はまだ誰もいない内に女子の上履きの匂い嗅ぎにきてるんだぜ」

「俺この前あいつが授業中一人でにやにや笑ってたの見たんだ。いやー何かものすごくキモかったよ。もうあいつ死んでもいいよ」

「昨日私さぁ、べんぞう(あいつの当時つけられたあだ名だ)が二年生の娘に何か話してる所見ちゃってさぁ、それでずっと様子見てたらその娘の手ぇ握ったのよ!べんぞうが!私それ見てマジキモイって思った。あんな変態消えればいいのよ!」

噂はどんどんエスカレートして年を越した一月にはもうすっかり隔離状態が出来上がっていた。僕はそんなあいつを見ていてどんどん悲しくなっていった。

 そしてついにある日珍しく放課後遅くまで残ったあいつに話しかけてみた。その日でた算数の宿題を話のタネにして。

 すると意外にもあいつは普通に接してくれた。気さくに話せる奴だった。

 そうなると僕はもう溢れる疑問を抑えきれずにいられなかった。なんでいつもうつむいて黙ってばかりいるのか。なんで誰とも話そうとしないのか。なんであんな根も葉もない噂を言われて黙っているのか。……最後の質問は正直な所自分でも少し関心があったから是非聞いてみたかったのもあったけど。

 すると答えは簡単だった。

「それは僕のキャラじゃないから」

「キャラじゃないのに下手に意地張って対抗してみても、見下した目でしか僕を見れない人にとってはただウザイって事だけだと思うから。実際、言いたい放題言っていてスッキリしてるだろ?」

それは違う。そう瞬時に思って別の言葉が出てしまった。

「でも君は悔しくないの?あいつらから酷い事言われてばっかではっきりいって君、すごく評判悪いよ?……そんなのっ」

そこまで言った後で少し露骨過ぎた事に後悔した。ひょっとして気を悪くしちゃったかも。そんな思いが頭に浮かんだ。

でもあいつは少し笑ってこう言った。

「君は優しいんだね」

意外だった。今しがた少々キツイ事を言ったかもしれないのにあいつは怒るどころか逆に僕を褒めてくれた。それが何だかとても不思議な感じで僕は次の言葉を出せなくなってしまった。するとそんな僕をみてかあいつは、

「君が、いや、君だけが他の人たちとは違う目で僕を見ていた事は実は気付いていたんだ。最初はひょっとしたら僕を哀れんでいるのかな?って思ってたんだけど今日君とこうして話して、うん、それは違うってわかった。君にはいい人の匂いがするよ」

匂い、と聞いて僕は放課後の下駄箱を思い出した。もしかして……。

「ははっ、ひょっとして例の下駄箱の噂を思い出した?全く、あんな事誰が言い出したんだろう。本当に意味をわかってていったんだろうか。まあそれも根も葉もない嘘話に過ぎないけどね」

多分顔に出ちゃったんだと思う。それを汲み取ってかあいつはそういったんだろう。でも正直に言うとこの時点ではまだ完全にあいつを信じる事はできなかった。それは同時に自分の事を優しい人だと言ってくれたあいつに対して申し訳ない気持ちも溢れさせた。

 それから段々仲良くなっていって、それでいつも一緒に行動するまでになった。周りの目も最初こそ二人に厳しかったけど、リコーダー盗んだ犯人がぽつりあいつが犯人だと呟いた男子だった事がわかってから後徐々にそんな事も無くなってきた。そしてクラス替えもあっていつの間にかあいつも僕以外の人と話すようになっていった。

 僕とあいつはいつも学力で勝負していた。サッカーやバスケットでは二人ともズタボロだったからこれで勝負するのが一番の楽しみだった。小学校五年生から高校三年生の一学期末までの成績は模試とかを除いたら九勝二十九敗四引き分け。悔しいけどあいつの方がすごく頭が良い。それもまあ普段のあいつを見てれば納得できる事だけど。

 そしてとうとう避けては通れない巨大な関門の前まで来てしまう。そう、大学受験だ。僕は試験の日にいつもより調子がよかったら二流の私立に。悪くても三流の国公立には行けると担任の先生から言われていた。対してあいつはというと、長年の夢だった某一流国立大一本。それ以外には誰に言われても眼中に無い様子だった。僕達はお互いに最後まで諦めず初志貫徹しようと決意を新たにし、その証として僕達は合格祈願のお守りを買った。そしてそれを肌身離さず持ってる事にしたんだ。

 夕暮れの街角、僕とあいつと、学校の帰り道。いつもお互いの進路の事について話し合っていた。――もし大学に受かったら僕はこんな事をしてみたくて――俺は大学受かったらしばらくは何もしたくないな。それから自分の本当にしたい事をみつけたいなぁ――じゃあなおさら今を頑張らないとね――そうだなぁ――……。真っ赤な夕日が相まって、僕はいつもその帰り道が好きだった。

 でもそれはあっという間に過ぎていって、ついに本番を向かえ、そして結果が掲示された。

 僕は何とか二流国立大に合格し、親や担任の先生、他の友達と大はしゃぎして喜んだが…………あいつは受かってなかった。

 どう声をかけていいかわからず、僕はただただあいつの横にいてあげる事しかできなかった。どれだけ上手い慰めの言葉をかけようとしても自分とあいつとじゃあその時の境遇が違ったから、だから、自然と僕の言葉は同情の、いや、哀れみを含んだ上から目線の言葉になってしまう気がしてとても言い出せなかった。それが本当に辛かった。

 そんな僕の様子をみていたあいつは一言

「いいよ。そんな無理しなくても」

それから続けて、

「俺は俺の結果を受け止めてこれからも頑張るだけだからお前もお前の人生を突き進めばいいじゃないか。変に俺の事気にしなくてもいいよ。全く本当にお前は人がいいんだから」

そう言って力なく笑うあいつの笑顔に僕はただただ困り果てるしかなかった。情けなかった。

――それから数ヶ月が経ち、僕はあいつと離れ離れになった。というのも僕は遠い所の大学に進学したから一人暮らしをしなければならなく、またあいつはあいつで地元の予備校に通う事になったから必然的に別れなくちゃいけなくなった。最後の最後に一度少し会話して以来あいつとは会ってなかった。

けど、また季節は巡りめぐってこの季節、つまり受験生が本腰を入れてくる十一月になって、僕の頭に「会わなくちゃ」って思いが急に湧き出してきた。そう、会って僕はあの時言えなかった事を言って励ましの意味を込めたこの合格祈願のお守りを渡さなければいけないんだ。多少ボロボロにはなってるけど、それでも大事な大事な物だからきっとあいつもわかってくれるはずだ。僕の口下手な言葉では表せきれないこの想いを、きっとあいつは受け止めてくれるはずだ。

そう思うともういてもたってもいられなくなり、早速翌日に往復で高速バスの予約券を買い、その週の土曜日つまり今日、乗車して今ここにいる。

車内で僕はずっと今までの事を思い返し、あいつと久々に会う事を嬉しみ、また逆にどう話をきりだそうか迷ったりしてずっと落ち着けなかった。

事前にあいつにはメールで「ちょっとやり残した事があるから会いたい」って感じで送ってる。そうやり残したことがあるんだ。

あいつからはそれで了承得てるからまあ本当は緊張する事もないんだけど、でもどうしても緊張しちゃうなぁ。こういう時は外の景色でも観て気分を紛らせるか。

そうして外を観るとちょうど橋を渡っている所だった。眼下に流れる急流の筋を見つめつつ、どうでもいい事を頭の中で呟く。

「ここの高速は二、三の川を越えていかなきゃならないんだっけ。それも結構高い所を通ってるから怖い事この上ないんだけ」

そこまで言うやいなや、急に尋常じゃない轟音がバスの前方から聞こえて、激しく車体が揺れた!そして次の瞬間僕の視界も激しく乱れ体が宙を舞っ





















○×新聞

1996年(平成8年)11月23日 土曜日

白昼に高速道路崩壊

高速バスが12メートル下の激流に落下 生存者無し

柱の構造に欠陥か

 本日午後12時50分頃△△県□□市山中で△△―××間の高速道路が突如崩壊。その現場を走っていた自動車三台、高速バス一台が巻き込まれた。その後直ちに地元の警察や消防による捜索が行われたが午後七時五十分に全員の死亡が確認された。死亡したのは十八名で現在判明している身元は五名。それ以外の身元不明者については現在警察が全力を上げて確認している。崩壊した◎◎高速道路は平成2年に開通した比較的新しい道路であるにも関わらず、今回の事故が起きた
事について日本道路公団の……

戻る