――今日はいい天気。お日様が出ていて、外もあったかいし。まず気持ちがいいわ。


真っ直ぐにのびたメインストリート、といっても所詮は田舎の大通りだけど、私は歩いていた。


――そう、だからこんな日はお買い物するに限る。ああ、今日は何を買おうかな。


当時の私はまだ15にも満たないオテンバ娘でよくクラスの男子達と意地の張り合いをしていた。


このころの私にはあるひとつの大きな楽しみがあった。それは、オテンバだったころの私の家から数キロ行ったところにある、一軒の小さな小さな古道具屋に毎日通う事だった。


そこにはたいていは同じ物しか置いてなかったけど、店の片隅に、とても可愛らしい小物達が並べられていて、それらはすべて店主の手によって毎日違う物が置かれていた。


私はそれを見るのがたまらなく好きで、特に気に入った物があれば何の躊躇もなく買っていたものだった。

でも、それだけじゃない。私はその店に何十年も居て、いつも静かでそれでいてどこかホッとする温かい笑みで私を迎えてくれる人、


つまりその古道具屋の店主である「ミーネおばあちゃん」に会いに行くのがこれもまた、たまらなく好きだった

私が店に元気良く入ると、おばあちゃんはこっくり寝ていたところを私の声で起こされ、少し驚いてから


「ああ、ミーちゃんね。こんにちは」


とあの微笑をしてくれる。私もまた笑顔を返す。そして一直線に例の小物コーナーに行ってしばらく品定め。


様々な品で私が眼を輝かせて見ているのを嬉しそうにおばあちゃんは見ている。


なんとも言えない幸福感。


たまに珍しい物が入った時には


「そうそう、ミーちゃん。今日はね、とっても良いものが手に入ったのよ。――これ。これはね、ここからではちょっと遠い東の国でね、


家族の身の安全や願い事が叶いますようにってね、祈りが込められた物なの――たしか――゛オマモリ”って言ったかしら。」


と、その品を見せてくれてその度に私は感心したり、興味をそそられたりした。そうして、ようやく自分の買いたい物が決まると、


おばあちゃんのところへ持って行き、買い物を済ませるのだった。


「ミーちゃんはいつも来てくれてホント嬉しいよ。私もここでこうして、ミーちゃんが来てくれるのを待つのが毎日の楽しみだわ」


――おばあちゃんはいつもこう言ってくれる――私は本当に幸せだった・・・。



その日も、私はクラスの男子達と一戦を終え、おばあちゃんの居るあの店へと向かっていた。


――今日は何を仕入れたのかな、おばあちゃん。


私は高鳴る胸を押さえきれなかった。


そして――――




――――my sweet memory――――




ガチャリ


そう店のドアを開け、こんにっちわーと元気良くあいさつをすると、私はある一つの違和感に気付いた。


おばあちゃんが座っている。私の目の前で。しかも、いつもの椅子に。


頭は垂れていて、生きている感じがしなかった。そう、まるで魂が抜けたかの様にただただ黙ってうつむいていた。手は両方とも膝の上に置かれ、足はわずかに開いている。


「・・・おばあちゃん?」私は声をかけてみた。いつもとはただならぬおばあちゃんにふと嫌な予感が走ったからだ。


「おばあちゃん?どうしたの?なにか・・・具合でも――


そう言いかけた瞬間、今まで沈黙していたおばあちゃんはゆっくりと顔をもたげ、私にまさに死者たる顔を見せ、そしてまたそのまま動きを止めた。


「おばあちゃん――!!」


どうしたの?と聞こうとすると、それを遮るかのようにおばあちゃんは急に右手を横へ伸ばし、あらかじめ置いてあったのだろう、一丁の大きな銃を手に取った。


「なっ!」


何が起こっているのかわからなかった。おばあちゃんの身に一帯何が起こったのか。私には到底理解できなかった。


「ちょっ、ど、どうしたの?おばあちゃん・・・ねえ、何でそんな物を私に・・・向けるの・・・?」


声が震えていた。足も次第に震えだした。そんな事はあり得ないと頭の中で何度も言い聞かすが、体はそうも思わなかったらしい。どんどんと恐怖が私を支配する。


「ッッ!お、おばあちゃん!?」


銃口を私に向けたまま、何も言わないおばあちゃん。――何で、何でこんなことに・・・


見つめ合う事数分。私は突如として逃げたい、いや、死にたくないという思いに駆られた。


それを察したのだろうか、私には見えなかったが、おばあちゃんの右指に力がこもった。


「あ、あ、・・・・・・」


情けない声を出し、ほんのちょっと後ずさりした――その時!!


口元に微かな、それは私の知っている笑みではなかった、笑みを浮かべほぼ同時に


バガァァンッ!!!!


私の体は一瞬にして後方へ吹き飛び、店の入り口である木製の頑丈なドアに激突した。


ドアは壊れなかった。


「・・・・・・・・・・・・」目の前が暗い。体が動かない。心臓がバクバクしている・・・。


店の中が静まった。私は、何も考えられず、ただぼうぜんと床にうつ伏せていた。


おばあちゃんはどうしたんだろう・・・。吹き飛ばされ、床に倒れてから私の感覚ではもう何時間も経っていたのだが、ふとそういう思いがよぎりスックと立ち上がった。


おばあちゃんがいた。銃を構えたままで。


銃口からはまだ煙が立ち昇っている。私はただ、何も考えれず、おばあちゃんを見返す。


銃はおろしたが、ピクリとも顔を動かさない。そのまま、数分、時が過ぎた。


「・・・キ、キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」


バガァァンッ!!!!もう一撃聞こえた。私はまた吹き飛ばされ、木製のドアに叩きつけられた。


それでも、無我夢中でドアを開け、店の外へ飛び出し、全力で逃げだした。


ふと後ろを見る。おばあちゃんが追いかけてくる!!足腰が弱くて、いつも椅子に座っていたあのおばあちゃんが、大きな銃片手に私を追ってくる。


いつのもおばあちゃんからは想像も出来ない事だった。もう、ホントに頭がパニックになっていた。


――なに?一体何が起きてるの?


そう思いをめぐらすので精一杯だった。


おばあちゃんの店は村からだいぶ離れている。それに良くこの付近の山で狩りも行われている。そうそうショット・ガンの発砲音がしたって村の皆は気にしない。


私は必死に逃げた。逃げに逃げた。もう一生分ぐらい走って逃げた。


どれぐらい逃げたか分からなかったけど、途中、村に二つあるうちの一つで、村からは離れた所にある港が見えた。そしてそこに人影も見えた。


私は安心と同時に泣きたくなったが、この状況ではそうもしてられない。その港まで最後の気力を振り絞って走った。




港に着いたのはそれから少ししてからだった。私が見た人影は、港でおもちゃの銃を使って楽しそうに遊んでいるクラスの男子達だった。


「た、助けてッ!!」


息も切れ、フラフラになりながらも近寄ってくる私に気付いたのか、男子達は遊ぶのを止め、駆け寄ってきた。


「お、おい・・・どうした?」


誰かが言った。多分、私の知らない人。別の学校の子かな?


「どうしたんだよッ!ミーナ!!」これは別の男子だったと思う。


名前を呼ばれているのはわかっているんだけど、息が苦しくて返事が出来ない。


それからはずっと、男子達に質問攻めにされたが、そのうちにようやく落ち着いてきて、今しがた起こった、おばあちゃんの事を話した。


「うっそだろ?ミーナばあちゃんがそんな事するはずないだろ!」


「あっ!で、でも、さっき銃の音が聞こえなかった?ほら、2発ぐらい、ドカン、ドカンって」別の男子が言った。


「そういえば」「確かに聞こえたよな」「あれってばあちゃんが撃った音だったのか!?」


皆、口々に喋りだした。


「静かにしろって!!いいか、あのミーナばあちゃんが、だぞ。銃もってミーナを撃つようなことなんてあるはずないだろ!冷静に考えろよなッ!!」


どうも私の言う事を信じてくれない。とういうより、私の真実が伝わっていない。


「ホント、ホントだって!!私ちゃんと撃たれたんだもん!!」


・・・そう言うと、回りの男子は一斉に怪訝な顔をし始めた。


「お前・・・撃たれたのか・・・?」


うん、と答えると、さらに


「その弾丸をモロに、か?」


私は確かに吹き飛んだ。だから、また、うん、と答えると、男子は、じゃあ、何でここにしかも無傷で居るんだよ、と言い放った。


「あっ!」そう言えば、私は確かに二回撃たれた。でも、その時は何が何だか分からず必死に逃げていただけだったから、そんな事微塵にも思っていなかった。


男子は、男子で『俺達をからかうにはどうも真剣すぎる。でも、こいつの言ってる事は明らかにおかしい』っといった風な、なんともいえない顔をしていた。


「あっ、ミーナばあちゃん」誰かがそう呟いた。私の中に一気にさっきの戦慄が蘇る。


「・・・・!!!銃だ!!ショット・ガン持ってっぞ!!!」


!!!ワーーーーッ!!それを確認するや否や皆一斉に逃げ出した。


私も逃げようとした。でも、足が動かない!


焦った、おばあちゃんはゆっくりとこっちへ向かってくる。


イヤッ・・・イヤッ・・・。そう呟きにも似た言葉を発するが私は逃げれない。


とうとう、私の前におばあちゃんが来た。今度は嬉しそうにニヤついている。


「ッッッ!!!!」これ以上無い恐怖はただただ、私に死を覚悟させた。


その時、


「アアーーッ!!」


大きな声がした。それも私の前、おばあちゃんの後ろから。男子だった。


あの見知らぬ、たぶん別のクラスだろうあの男子が、両手で金属バットを握り締め、おばあちゃんに飛び掛ったのだ!


ゴツン。重い響きが聞こえた。


グラッっと私に倒れ掛かり、私はとっさに避け、おばあちゃんは倒れた。


だけど!それでもまだ動きこっちへ這いずってくる!


「アァッ!!アァッ!!アァッ!!ウオラッ!!」


バットを持った男子は立て続けに殴った。そうすると、おばあちゃんはようやく動きを止めた。




黒い車が一台。




ガチャン。・・・グゥゥゥゥゥン





――今日はいい天気。お日様が出ていて、外もあったかいし。まず・・・気持ちが良いはずだった・・・。


おばあちゃんを乗せた黒い車が発進した。


私たちはその時、村の自警団の人達に事情を聴かれていた。


村の人たちも酷く驚いた様子で、「本当に何もしていないのにミーナさんが襲い掛かってきたんだな」


「何か、ミーナさんについて思い当たる節はないかな?・・・例えば、最近ため息ばかり吐いていたとか・・・」


「というか、本当に何もしていないのか。もしかしたら、キミが何か悪い事でもして、それでミーナさんが――」


もう、うんざりだった。いい加減にして欲しかった。私は、まぶた一つも動かせないぐらい愕然としていたのに、何も考えられなかったのに、自警団の人達は次々と質問してくる。


「信じられんな・・・」向かいのおじさんが私を睨みながら言う。


「あの、優しくて、温厚なクランケットさんが・・・」近所内で陰口を言いふらす事で有名なキートおばさんも私を睨む。私はうつむいたまま・・・。


「ちょっと、本部まで来てくれないかな。色々と聞きたい事が――」


それって、私を疑ってるって事?・・・当時の私は唯一この時だけ、村の人達を酷く思った。


「何言ってんだよッ!ミーナが!ミーナが嘘つくはず無いだろッ!!」男の子の声・・・?


かなり力の入った声が飛ぶ。ふと顔を見上げると、叫んでいたのはあの見知らぬ、たぶん別のクラスだろう男子だった。それだけじゃない。クラスの男子達も必死で私を擁護してく


れる。・・・やっと分かったんだと思う。私の言っていた、真実が。


ワーワー、ギャーギャ騒ぐ私達を見ながら「う〜ん・・・。このままでは何が何だかイマイチ掴めませんな・・・。やはり、いったん引き返しましょう。ここももうすぐ、日が暮れる」


何で、私たちが必死になって訴えているのに、分かってくれないのか。私たちにはサッパリ分からなかった。




「では、そうしましょう。・・・ほらほら、君達もいったん家に帰ろう。おじさん達が車で送るから」


自警団の人達と、村から来ていた野次馬の人達は、そそくさと帰る用意をし出した。




黒い車が一台。




ガオォォォン




ふと、遠くからそんな音が聞こえてきた。


それに気付いたのか「お、おい!あれを見てみろ!あの猛スピードで走ってる車。あれってたしか、自警団の車じゃないのかッ!?」向かいに住むおじさんが言った。


黒い車・・・数分前、冷たくなったミーナおばあちゃんを乗せ、ここから二、三キロ行った先にある村に向かったあの黒い車。戻ってくるのはなんら驚く事じゃない。ただ、異様だった。


こっちに突っ込んできそうなほど、猛スピードで走っているのが、どうも異様だった。


不穏がよぎった――


皆が見守る中、一向にスピードを落とさず、こちらに向かってきて、それを見て慌てて静止を促したが、一向にスピードを落とさず、


もはや駄目だと皆が散り散りに逃げようとして車に乗り込んだり、横へ逃げたりしているうちに、眼と鼻の先まで暴走車は迫ってきて、


一台、何度も何度もエンジンをかけるが、かからず手こずっている車があって、一人の男の人が「何してるんだ!!いいから車から降りて逃げろ!!」と言ったがときすでに遅く、


ドアを開け脱出しようとして間一髪間に合わずに車と車が直撃、フロントとサイドがぶつかり合い粉々になってしまった。


「見るなッッ!!」私はと言うとその時、とっさに横で叫んでいた自警団の人によって目隠しをされていた。


・・・・・・・・・・・・・・


「ドグァーーーーン!!」ガソリンに引火した。




囂々と燃え盛る火の中で一つ揺らめく物があった。それも火のような勢いのあるものではなくて、ユラリ、としてノソッ、としたものだった。


人だッ!誰かがそう叫んだ。私たちは思わず息を呑んだ。


「おばあちゃん!!」だった。


体に火を纏い、手にしっかりと散弾銃を握り締め、髪はチリヂリ、服はぼろぼろ。でも、紛れもなく、ミーナおばあちゃんだった。


「お、おお・・・・・」


村の人達は一層に驚いていた。恐怖の眼差しで。


ジャ、ッキ。バガァァンッ!!!!


!!!!!!おばあちゃんはいきなり私の向かいに位置していた自警団の人を一人撃った。


続けざまに、ジャ、ッキ。バガァァンッ!!!!ジャ、ッキ。バガァァンッ!!!!


ジャ、ッキ。バガァァンッ!!!!ジャ、ッキ。バガァァンッ!!!!ジャ、ッキ。バガァァンッ!!!!私とキートおばさんを残して、全員吹き飛んだ。


クラスの男子達も、自警団人達も、野次馬の人達も、見知らぬ、たぶん別のクラスだろうあの男の子も。


「ひゃ、ひゃあ!!」キートおばさんはそう声を上げ・・・上半身を吹き飛ばされた。


ジャ、ッキ。弾を込めたミーナおばあちゃんは、くるりと私の方を向き、ニコリと笑った。今度の笑いは私の知っている笑みに近かったような気がする。


「来ないでッ!!」すると、おばあちゃんは急に悲しそうな顔をした。


「来ないでッ!!来ないでッ!!来ないでッ・・・」後ずさりする私。近寄るおばあちゃん。もう駄目だ・・・。たぶん、その日二度目の覚悟をした。


「ふうぅっぐッ!!」急におばあちゃんが苦しそうに胸を掴みしゃがみこんだ。


「・・・ッ!今だッ!!」


堰を切って駆け出した私は曲がり角を曲がって、後ろを見た。だいぶ遠くからだが追ってくる!!どこか、逃げ道はッ!必死で探した、ふと目に電柱が飛び込んでくる、その上方に

は建物にしては低いが石造りの屋上があり何とかそこへ行けそうだった。


躊躇いもせず、登りだす。早く――早く――!!


ちょうど、登りきった時、バガァァンッ!!!!おばあちゃんが撃った。が間一髪で外れた。


これですこしは大丈夫だろう・・・建物の中からここへ繋がっている階段のルートは鉄の扉で妨げられているし、


万が一突破されそうになっても、また電柱から素早く逃げる自信はあった。


ほっと胸を撫で下ろし、その鉄扉にもたれ掛る。同時に、何時までこの状態が続くのだろうと不安に駆られ、その後、さっき無残に殺された皆の事を思い出し、泣いた。


数分、ほんの数分だった。ガチャリ、軽く金属の擦れた音がした。ビクッと頭を上げ、私は音のした方を見やった。横におおきな銃が見えた。次にその後ろ側に電柱が見えた。


そして最後に、おばあちゃんが見えた。


「う・・・そ・・・」


おばあちゃんは柵を越え、三度私に迫ってきた。顔は・・・笑っている!!


目の前まで来た。銃を私に向けた。穴が見える。その先はひたすらに漆黒で、何も見えなくて、死と恐怖が渦巻いているようにも見えて、私を引き込んでいく――


ふっと、頭の中が軽くなった。そして、ママやパパ達の顔が無意識に浮かんできた。自然と涙が出てくる。そういえば、その日初めて流した涙だったと思う。


次々と流れ出る最後だと思う粒達はもう誰にも止められなかったに違いない。


グッと、奥歯を噛み締めた。




「そこまでだ。もう、いい加減にしろ・・・」


ハッと眼を開く。おばあちゃんも同じように上を見上げる。私も見た。そこには・・・


髪の毛は耳にかかる位の短さ、そして暗闇にも似た黒で、眼は鋭く、顔のラインはキレイで、まるで東洋の人を思わせる十五〜十八位の男の子だった。


背とかは、見上げていた事もあってその瞬間には分からなかった。


タッ。男の子が飛び降りる。よくみると腰に短剣を付けていた。


おばあちゃんが銃口の向きを変える。そして、おもむろに撃った。


バガァァンッ!!!!


男の子はパッと軽く身をかがめ、頭の前に両腕をクロスさせて、なんと銃弾を防いでしまった!


「・・・・・・」


何も無かったかの様な顔で、おばあちゃんを睨んでいる。


ジャッ、ッキ。バガァァンッ!!!!


でも状況は変わらなかった。


男の子は一歩一歩近づきながらこう話し出した。


「こんなか弱い老人までも利用し、殺人を繰り返し・・・そして、自己満足に浸る。救えない・・・。やはりあの時キッチリとトドメをさしとくべきだった・・・」


その顔は明らかに怒っていた。静かな怒りだけど、その眼には確かに憎しみと怒りの入り混じった炎が燃え盛っていた。


「ウィヒヒヒ・・・」気持ち悪い声をおばあちゃんが上げた。


それを聞くやいなや、男の子はきつく顔を歪めておばあちゃんのもとへ駆け出した。


そして、


ブシッ!


鈍い音が私のすぐ目の前で起きる。唾液が飛び散る。おばあちゃんは横に倒れた。


歯が砕けているのか、口からは血を流している。でも、それはどす黒かった。


「ヒィ、ヒィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


何処からそんな声が出てきているのか分からない声をおばあちゃんが発した。


正直言って体の芯から凍えるようなくらいその悲鳴はおぞましいものだった。


私がガクガクと震えていると男の子がおばあちゃんに、


「・・・今まで散々、平然と人殺しといて・・・!自分が殺されそうになったら泣き声を上げるのか。・・・」


とそこまで言って言葉を詰まらせた。おばあちゃんは相変わらず泣き叫んでいる。


私はただ呆然とその状況を観ているしかなかった。「おばあちゃんを殺さないで」とは言わなかった。


「泣いて許されるなら」男の子が腰の短剣を抜きながら言って、


ッズ


死を拒むおばちゃんの胸にその短剣を埋めた。




夢を見ている。


それが、おばあちゃんが刺されたときに感じた素直な感想だった。


でも、現実はそうじゃなかった。


「大丈夫・・・?」


男の子の目にも私が状況を理解できていないという風に映ったんだと思う。やや低い口調で声をかけてくれた。


私は今まで起こったことを振り返り、必死で整理しようとしてただ、呆然と前を見ていた。


頷くのが精一杯だった。




しばらくその場に沈黙が流れた




急に男の子が、自分は誰なのか、何故自分がここに居るのか、何故おばあちゃんが私だけじゃなく皆を襲ったのか、何故おばあちゃんを殺したのか話し出した。




――おばあちゃんはとっくの昔に死んでいた。


男の子は昨日、私の村の周りにうろついていた闇のモノを退治していてあと一歩の所で逃がしてしまい、そのまま、行方を追っていた。


でも、取り逃がした闇のモノは気配を消しておばあちゃんのお店の辺りへ逃げていたのだった。そしてそこでおばあちゃんを見つけ・・・体を乗っ取った。


男の子が言うには、そいつは悪魔と呼ばれる種族でこの世界での実体は無く、ありとあらゆる生物の体に憑依しては次々と殺戮を楽しむ、闇の中でも低級に位置するモンスターで

、体を乗っ取った時、元の持ち主の魂を殺し、同時にその記憶を全て自分のものにする能力を持っているらしい。


そこから、今日も私がおばあちゃんのお店に行く事を知って待ち伏せていたんじゃないかって。


でも、その時の私には何を言っているのか分からなかった。悪魔?闇のモノ?初めて聞いたものばかりで男の子の言っている事の意味が汲み取れなかった。


それを男の子は知ったらしく少し驚いた顔をした。そして、


「13年ぐらい前まではね、この世界は元々はこんなものじゃなかったんだ。もっと平和で皆それなりに暮らしていたんだ。・・・でもね、そんな世界を壊す奴が出てきたんだよ。信じら

れない事かもしれないけど、命を奪う事がたまらなく好きな奴らがこの世界に現れ始めたんだよ。


そうして今まで、そいつらとの戦いが続いているんだ。あのおばあちゃんも、殺された皆も・・・全部闇の犠牲者なんだ・・・」


男の子は私を家の近くまで送ってくれた。




そして何処かへ行ってしまった。


殺されてしまった皆のお葬式が終った後、私はお父さんから今世界で起こっている事について教えてもらった。


本当は村の掟で私たちみたいに15に達していない子供には闇の存在について教えない決まりになっていたそうだけど、


もうそうも言っていられないとお父さんは深刻な顔で語ってくれた。


それでやっと、男の子が言っていた事の意味が分かった。


私たちは決して安全ではない。むしろ、生きているという事が不思議なぐらいだった。


世界情勢、闇の存在、そうなった経緯、お母さんの事――お父さんの丁寧な説明を聴いて


ぞっとした。


それから私はしばらくの間、お父さんの胸で泣いた。




今、私はとある国の都市の一画に住んでいる。


2年前に結婚し、今現在お腹にもう1人の家族が静かに眠っている。


人生で一番幸せなひと時だと思う。


あの頃に比べたら幾分か闇の影響も弱まり、また人々に生きる希望が満ちてきている。


ただ、そうなるまでに払われた犠牲は決して忘れてはいけない。


彼らの犠牲があって今の私たちがここに居るのだから。


まだ、闇との戦いは今も続いている。


私は直接は闇とは戦えないけど、これから後の子供達に過去にこんな痛ましい事があったのよ、と伝えて生きたい。それが私にできる事なのだと思う。


プルルルルルルルルルッ


「はい、骨董品専門店ミーナですけど――」


「え?はい、オマモリですか?ええ、まだありますけど・・・はい、わかりました。ご来店お待ちしています――」
モドル