「で、ヒーナの方はどうなっている。私はもう長くあそこへは行っていないが」
 黒の短髪に黒の瞳、金の装飾に彩られた龍色の鎧を全身に纏い王は長らく待たせてしまっていた少年達に聞いた。身なりはお世辞にも良いとは言えず、何十日も着古しているかのようにぼろぼろだった。彼らは瞳から光を失ってた。
だいぶん前から公務室の隅でそそうの無いようにと硬い表情のままから待っていた彼らは、王のその一言でついに堪えきれなくなったのか一斉にすすり泣きだした。しばらくして気持ちの整理がついた一人の少年がぽつりぽつりと王に伝えだした。唯一最後の砦であった望郷が善戦むなしく闇の手に落ちてしまったと口に手を当てながら彼は言う。嗚咽を漏らしながら己の非力さを呪う者もいた。
 重い表情をさらに険しくさせた王は、そうか、と一言呟くと若い衆を下げさせた。その際、彼らの退室間際にもう一言「ありがとう、ご苦労だった」と付け加えた。

「まさか……わが一族の英雄、剛虎がよもや敗れるとは……」
若き大虎がその低い声を震わせながら目を見開いた。
驚いたのは彼だけではない、その場に集まっていた代表すべてが一様に驚いていた。
「我々は非常に大きな犠牲を出してしまった。と同時に大きな支えも失ってしまった。望郷はヒーナ最大の都であった。そして東の大陸における数少ない大防衛拠点だったのだ。そこが闇の手に落ちたとなると……人族の王よ、これはもう一刻を争う事態であるぞ」
重厚な甲羅を背負い全身に幾重もの皺を重ねた大亀が静かに目を閉じて言った。
 全員の視線を浴びた若き人族の王は永い沈黙をその口に含んだ。静まる会談の場。全員が彼のつぎの一言を待っていた。

 会談の場に出席した代表たちはみなあらゆる天界の種族の長で、今日はある論議のためにここ龍王城へと集まっていたのだった。その論議の議題は「地界における近年の闇の進行状況についての報告並びに対策の立案」だった。特にここ数百年の闇の略奪は目に余るものであり、すでにこの手の会談は何千、何万回にも及んでいた。数十年ほど前に起こった第三次闇の進行からはその頻度も比例するように増したが、一向に進まぬ議論にイラツキを覚える者がいるのも確かだった。そこへきて今回の望郷崩落の知らせ。世界は違うがもう我慢の限界だった。

「闇は、もう今までのような保守一辺倒の方策では防ぎきれないところまで勢力を伸ばしてしまった。このままではやがてこの天界にまでも侵攻し、ついには三世界の均衡をも崩し、まさに、はるか太古の昔に一度だけ訪れかけたといわれる『××××』を現実のものとしてしまうだろう。それはとてつもなく愚かな事であり何としてでも防がねばならない。そう、それこそが我ら天界に生きるものすべての課題であり使命なのだ」
 青年の言葉を静かに聞く代表たち。その間かつての日々に涙を浮かべる亀もいた。
「数億年前までは極界の動きも比較的おとなしく我々も必要最小限の介入のみで対処できていたが、近年復活の兆しにある闇の五王によってまたその動きも盛んになってきた。今まさに新たな三界大戦の危機が訪れようとしている」
 茶うさぎはその鼻の動きを弱めた。幾兆の時の中で二度と跳ねる事のできなくなったかつての英雄たちを思うと、込み上げてくるものは抑え難かったのだ。
人族の王はここまで一気に述べた後一呼吸おいた。それを見ていた代表たちの緊張もひと際高まる。
「……とにかく、いずれにせよこのままでは闇の勢いを止められなくなる。五王が復活してからではすでに遅いことは明白だ。……そこで、なんだが、我々人族がかねてより進めていた『十の塔作戦』をいよいよ本格的に始動したいと思う。こんな荒っぽいやり方は本当はしたくなかったのだが今となっては仕方が無い。……皆、是非賛同して欲しい」
その重い口調は若き人族の王を見つめる各種族の代表たちの意向を問うた。彼らはそれぞれ順次無言で肯定の意を示す。壮年の大熊などに至っては荒々しく鼻息を吐き出し今にもこの場を飛び出さん勢いだった。それを隣に座っていたアザラシの老婆が優しく諌めた。
 人族の王はその様子をみておのずと眉間に組んだ両手をあてがった。

To 2/Back