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思考する事ができる。
運動する事が出来る。
両者を別々にできる。
両者は断絶している。
両者は私に併存する。
私は二人の私である。
「さぁ、ここだとやりにくいからさっきの場所まで戻ろ」
目の前の殺人鬼が言う。肥満体の男は恐怖に全身を支配されており、もはや思考する事もできなくなっていた。
殺人鬼が赤く斑に染まった白くて線の細い綺麗な右手を差し出した。そしてそのまま肥満男の右手を掴む。
それはまるで遊んでいて転んだお友達を助けてあげているかのような振る舞い。だが、当の"お友達"はこれから起こる拷問死を予感し、体全体でそれを拒んでいた。したがって、赤白い腕ではなかなか男を引っ張り上げることができなかった。
小さな殺人鬼はやや困ったような表情で掴んでいた手を離し、次に左手に持っていた鋸を右手に持ち直した。
「じゃあ、もうここでするよ」
それを聞いた肥満体の男はいよいよ泣き出した。泣いて許しを請うた。そもそも何の罪も犯していないのに許しを請うというこの状況が男には理解できなかったが、こと生死の危機にあってはそんな事を考えてる暇はない。そう判断した男の本能が取らせた行動だった。
殺人鬼は、その酷く血まみれた表情とは裏腹に優しいな表情で微笑んだ。そして、男の請う許しを拒否するように鋸をすっと振り上げた。
この瞬間、男は悟ってしまった。純粋に人を殺せる人間は、そもそも他人の事など一切考えないのだと。
殺人鬼は観念したかのような男の表情をみて鋸を打ちおろした。――がしかし、右ももに食い込む寸前で勢いを止めた。
つりあげた口の端を直線に戻して言う。
「……あれ、どこにいっちゃったの?」
殺人鬼の視界からヒト人形が消えていた。寸前まで汚いデザインで変な汁を垂れ流していたあのヒト人形が。それも何の気配すら感じられないまでに。
首をかしげる殺人鬼。しばらくして右手を静かに戻し、周囲を見渡した。殺人鬼はどこかにさっきのヒト人形の気配が感じられないかを確かめていた。しかし、5分ほど探して殺人鬼は探索をやめ、不完全燃焼な表情のまま森を去って行った。
その足元に流れていた一筋の小川に気づくこともなく。
※※※
俺は一歩ずつ丁寧に枝葉をかき分けながら進んでいた。なぜなら、この森はここいらの地を管轄している守護神の住処だからだ。
能力の使用を開始して数分後、要保護者に関する有力な情報が得られたのでさっそく駆けつけたまでは良かったが、まさかその場所が古神の寝床だったとは何ともついていない。こんなところで不用意に森の平穏を荒らすような真似をしたら、それこそ神々と人との協定違反となり重大な危機となりかねないからだ。そのため、ここではなるだけ森の主の怒りを買わないようにしなければならない。だから、たとえ足場が悪くてもここでの飛行は極力控えなければならず、また、用が済めば即刻立ち去らなければならない。まったく、嫌な場所に逃げ込んでくれたもんだ。
とはいえ、今回の場合はまだマシな方かも知れないが。なにせ、ここの主は要保護者をみつけてくれたうえに俺が到着するまで匿ってくれているからだ。普通、俺たち人間に対して守護神は好意的でないためこんな事はしてくれない。だが、この地の守護神はまだ理解を示してくれているのか、わざわざ人間を匿ってくれている。やはり持つべきものは信頼関係だね。
そんな希望的観測で現状を無理やり肯定しつつ俺は足を進める。風の精たちによる誘導のおかげで今のところは脅威に遭遇していない。
夏の暑さなどさっきまでの苛立ちに加え、慎重に慎重を重ねて進まなければならないという事態に見舞われているいまの俺は、たぶん瞬間最大風速で世界一忍耐強い人間だろう。このまま耐え続ければ何かに目覚めそうだ。
そんな状態でさらに10分ほど草木の波をかき分けながら進んでいるとようやく開けた場所へ出ることができた。むかし、田舎で蝉取りなんかをした場所に似ている。
木の根や斜面に気をつけながら歩いていると、グヂュっとした感触を足の裏に感じた。水のしみこんだ土を踏んだらしい。こんな場所でここだけ水がしみ込んでるのも不思議だが、犬か何かが小便をしたのかも知れない。そう思うとさらに機嫌が悪くなってきた。
【2010/7/19現在ここまで】
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