いつも目覚めは悪い方だった。

いくら春の柔らかく、それでいてまだしんとした外の空気を吸っても、

いくら夏の強く、それでいて活力に満ちた日の光を浴びても、

いくら秋の新しく、それでいて天も遠ざかった木々を感じても、

いくら冬の切なく、それでいて冴え渡るような空を想像しても、

すべては「まだ眠い」の一言で急に色を失う非現実。所詮は単なる仮想空間。

そう、自分にとっていつまでも夢の中で居続けられる事だけが唯一確かな現実、だった。

だがそれもこれもみんな尽く状態は不完全。そしてまた虚構が不敵に嘘をつきだす。我こそが真の現実だと。

 

 遠くで音がした。微かだったけど確かにそれは重く鼓膜に響いてくる。ずぅぅん、ずぅぅん。まだ何かの夢でも観ているんじゃないかと朧げな意識でそう思った。目の前は暗い、暗い。それもそうだ、今の自分は目を閉じているんだから。頭がまだ軽い。何も入っていない。だから起きる気がしない。あともう一眠り……そう五分でもいいから……。


 また眠りかけて遠雷が邪魔をした。今度はさっきよりもはっきりと聞こえる。何だこの不快な音は。あーもう、せっかくまどろんできた意識がまた鮮明になっちゃったじゃないか。くそ、もういい。そろそろ起きる事に……。

……ぃ……ぉ……

ん?何か聞こえる。

……おきろ……は…ゃ……きろっ

う〜誰だ、この俺様の眠りを妨げるもの……

「おい!!起きろ!優!早く目を覚ませっっ!」

は…?

 

※※※

 

「……りゅうおう……?何してんの?」

ゆっくりと身体を起こす。そして眠気眼を擦る。

「やっと起きたかこの馬鹿!早く、準備しろっ!」

「じゅんび……?なにが??」

思わずあくびが出てしまった。それをみた龍王は鬼をも超える剣幕でこちらを睨む。平和そうな顔の俺。直後左頬に高い破裂音。いってぇ!

「っっっ……!!ってぇぇ!何すんねん!!」

「目が覚めたか万年寝太郎。覚めたなら早く用意をしろ。すぐ次が来るぞ!」

 「つぎ?」頭に疑問符が幾つか浮かぶ。龍王があごである方向を指す。そこには……

 

何も無かった。

 

だが俺の脳裏に疑問符が浮かぶ寸前、

ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン

鼓膜が吹き飛ぶかと思うぐらいの轟音が鳴り響いた。そして直後間の抜けた甲高い風きり音。

「…………ッ!」

思わず肩をすくめ両手を耳にあてがう。何が起きているのかわからない。とっさに龍王を見る。龍王は前方をキッと見つめ何かが来るのを待っている。そのあまりの気迫にそれ以上何も言えなくなる俺。

 轟音からほんの数秒後、ずっと見張っていた上空にぽっと五個か六個の明かりの球が見えた。花火だと思った。でもそれは徐々に大きくなってこちらへ飛んで来る。

「叫べ!」

「はぁ?」

いいから叫べ!と龍王が怒鳴った、でも何を言っているのか意味がわからない。俺がもう一度聞き返そうとしたその瞬間天地がひっくり返るぐらいの激しい振動と爆音が一瞬にして辺りを飲み込んだ!もの凄い熱風!と同時に一瞬にして目の前が暗くなった。

 

「…………」

生きてますかぁって声が聞こえた気がした。それは聞き覚えのある声だった。俺はとりあえず何とか生きてまーすって返事しといた。じゃあとりあえず起きてくださーいって声がまた聞こえた。さっきのと同じ声の主からだった。

「…………う……」 

両頬に鈍痛を覚えた。でもそれは意識がはっきりするにつれて鈍痛から鋭痛へと変っていった。ん?誰かに打たれて…る?

「龍王?」

だった。何か叫んでいる。でも何故か聞こえない。もの凄い勢いで頬を叩かれている事だけは確かだ。

「痛いって、起きてる起きてる。大丈夫やからもう叩くなって」

喋っていて少し違和感を感じた。でもそれより何よりさっきから龍王の言っている事が全く聞こえない。さっきよりかは落ち着いたみたいだけど口だけが動いていて声が伝わってこない。おかしいぞ。何が起こっている?

 龍王がようやく俺の異変に気付いたのか顔をしかめ始めた。そして二言三言何かを呟いたように見えた。そして、また俺の頬を叩いた。

「ちょ、ちょっとまって。聞こえん、言うてる事全く聞こえんねんけど」

言って龍王の顔に少し驚きが混じる。そしてまた何か呟いた。

 その時思い出したかのように両耳から鋭い痛みが走った。あまりの痛みに頭がよじれそうだ!

「くぁぁぁあ……」

思わず声が出た。耳の奥が熱い。ダメだ、もしかして耳が聞こえなくなった?

 あまりの苦痛に転げまわっていると突如腹に鈍い痛みが走った。悶える俺。すると首根っこを掴まれた。龍王だ。何か喋っているがこっちは全く聞こえない。無駄だとは思うがとりあえず、はぁ?とだけ言っておいた。

 殴られた。

俺がヒリヒリする頬を撫でていると龍王が何やらぶつくさ独り言を言い出した模様。一人目を瞑って口元を僅かに動かしている。……ああ何だ、呼び出してるのか。

 とりあえず龍王が治療天術を呼び出してる間俺は冷静になる。……そうか、さっきのグーは俺に落ち着けって事を龍王なりに言いたかったんだろう。なんだ、そうならもっと優しくやりゃぁいいのに。ああそれができないのが龍王だった。今さらながらそれに気付いた自分にがっかり。

(おい)

おぉ?誰かが俺の脳に話しかけてくる。ああそうか龍王が俺の頭に話しかけてきてるのか。心と心で通じる会話。Feeling comunication. 日本語じゃあ心話法とか単に心話っていわれる。って耳は治してくれないんですか。

(ちゃんと聴こえているだろう。返事をしろ)

(へいへい、返事をしたいのはやまやまなんですけどなにぶん音が聞こえなくて何を言っているのかわからないんですよ。ちょっくら耳を治してくださりませんか)

想い終えた途端龍王のグーが迷いも無く俺の顔面へと飛んでくる。それを当然の如くかわす俺。すぐにあいつからの声が聴こえた。

(もうしばらくはそのままでいろ。もう少しの間砲撃は続く)

(いやだから砲撃ぃ!?)

突然の告白に俺のどたまは鐘がなるなり法隆寺。両目見開いたまま三秒停止。再度改めてもう一度先ほどのご発言を聞きなおす。

(へ?)

(何がへ?だ。お前さっきの衝撃で少し頭おかしくなったか?砲撃だ、砲撃。近くの駐屯地から飛んできた自衛隊に今集中砲火を受けている。さっきので七発目ぐらいか。今の今まで平和そうに寝ているお前を守りながら必死に直撃を防いでいたんだ)

最後の方は語尾が強まってたな……って七発目?自衛隊?砲撃?……よしわかった。落ち着こう。落ち着いてもう一回説明を……

(落ち着け、焦るな。もう一度説明してやる。お前は何故かは知らないがここまで来たな?そしてこの俺に助けを求めた。それもかなり切羽詰まった感じで。だから俺はそれに応じて飛んできたんだ。そしたらお前だけが倒れていて、ちょうどそこへ砲撃の第一波が飛んできたんだ。……いいか、お前が何をしでかしたのかはよくはわからないがとにかく今ここを離れるわけにはいかない。……何故だかはわかるな)

こういう時のこいつには微妙に腹が立つ。こうやって人を試すような態度をとるのはこいつの悪い所なんだが、何でこういう場面でも冷静にそういうこと聞けるかな。今は俺の耳が非常にヤバイことになってるっつうのに……あ

そこまで想ってふと龍王の顔をみると顔がひくついている。そろそろグーが飛んでくる頃だ。

 

(闇の気配……確かに微かやけど感じる……。ってちょっと待てって。俺、確かに闇の者を倒して、んで、レイドとも闘って……)

呆けた感じの顔をする龍王。頭をさする俺。

(レイド?そんな気配微塵もしなかったぞ。第一今レイドはこの世にはいないだろう。気配も何も存在自体がないのだから闘えるはずもない。そんな事にも気付かなかったのか)

そういえば……確かに言われてみれば。今アイツは極界に行っててここには居なかったんだ。何でそんな事にも気づかなかったのか。

(お前はカッとなるとすぐ何も考えられなくなるからな。そこがもう一つ頭の足りないといわれる所以だ。もうすこし……)

お前も一緒だろ

(何?)

龍王の眉毛か微妙に跳ね上がった。

(俺も一緒だと?)

 ヤベ、また聴こえてた

(当たり前だ。今お前と俺の頭は繋がっているんだ。想った事が伝わるのは当然だろう。そういう迂闊な所もまたお前の頭の足りない所だな)

フフン、といった態度をみせた。そこにはすでに釣り下がって元に戻った眉毛もあった。さすがは自意識過剰。相手の欠点をみつければすぐ勝ち誇った気分になりさっきまでの怒りを忘れる。これもあいつの悪い所。あ、この部分の思考は一時的に相手との以心伝心(connect)は他の場所へ保留(つーか避難)してあるから相手には聴こえていないはず。

(さて、こんな事でいちいち時間食ってる場合じゃないからな。話を先に進めるぞ)

ほら聴こえていない。全くやれやれだ。一時切断していた以心伝心を再開する。

(へいへい。で、その化け物っつうのはもしかして俺と闘ってたコンパクト斧の男?)

(……コンパクト何?)

(いやだからコンパクト斧。ハンディアックスって言った方がよく伝わるかな?)

(……いや違うな。あいつはそんな物持ってなかった。むしろそれよりもっと性質が悪い)

俺の目を見据えて慎重に口を開く。

(携帯、だ)



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