あきらめないで あなたはまだしんじゃいけない

 薄れ行く意識の中でまた聞き覚えのある声が語りかけてきた。細く透き通った芯のある女性の声。前にどこかで聞いた気がする。それもわりと遠くない昔に……。
また声が語りかけてきた。

あなたいったじゃない。さいごまであきらめないって。いくらうざいっていわれても、いくらぎぜんだっていわれても、いくらののしられても、いくらふみにじられても……あなたぜったいにあきらめないで、それでりふじんなぼうりょくをふるうあくととことんたたかうってあのときなみだながしながらいってたじゃない。

――ああ……そういえば言ったような。いつだったか涙ながらにそれも半ば自分自身に向かって言った気がする。……いや、言った。確かに言った。そう、何かものすごく悲しい事があって、それでものすごく後悔して、それでもう二度とこんな事を繰り返させないって心に誓った。あれは……
 
わたしがあなたにしたのもたんにじかんがなかったからじゃない。あなたにつよいいしとあたたかいひかりをかんじたから……。だから

――わかってる、ちゃんとわかってるよ金色の髪の天使さん。あの時言った俺の言葉は今もこの心の中に強く秘めている。忘れてはいないから。君はもう居なくなってしまったけど、君の意志は今もこの俺の心の中で生き続けている。だから

もうこれ以上君を死なせたりはしない。

「あああああああああああああああああっ!!」
目が覚める。血が煮えたぎる。一瞬後に脳が沸点に向け急激に活動しだす。全身は酷く熱い。身体に存在する全ての筋肉という筋肉が悲鳴を上げながら膨張していく。左足を見た。黒く巨大な手が見えた。今もなお俺をあの世へ引きずり込んでいる悪しき黒き手が見えた。だから俺はその手を両手で掴み、渾身の膂力を持って握り潰しにかかる。黒き手は見た目の通り強固で俺の膂力を跳ね返さんと一層力を加えてきた。しかしその行動が引き金となって俺の沸点をピークにもっていった。自我をも消し去りそうな猛りの中で一気に力を込める。するとようやく観念したらしく黒き手は渋々拘束を解きそしてまた闇の中へと戻っていった。

「龍ぅ王斬ッ」
 ありったけの怒りを込めて純粋な破壊を秘めた波と龍の力を練りこみ放つ。地界への門はすでに閉じている。でもだからといって俺の行く手を防ぐ事にはならない。閉じた門をこいつでこじ開ければ馬宮はすぐそこだ。

 馬宮は、いた。驚いた目でこっちを見てやがる。だがそんな事はどうでもいい。ゆっくりと着実に奴との間合いを詰める。馬宮は棒立ちだ。間もなくして馬宮の所へ到達、そして首を掴み上げる。容赦なく締め上げる。何か言いたいのか口をパクパクさせているが構わず続ける。しばらくしてバタつかせていた足と俺の手を解こうとしていた手が力なく垂れた。あっけないとは思ったがここで簡単に殺してはあまりに優しすぎる。



「ああ、龍王。こっちはもう片付いたで」
寝てる馬宮を見ながらやってきた龍王に言葉を投げる。それを受けて龍王はただ一言、ああそうかと呟いて黙った。
気が付くともうぼんやり辺りが明るくなっている。
色々な夢をみた皆はもうすぐ眠りから覚め始める。



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