――助けて――
 開け放たれた空はどこまでも遠く広く龍王を見下ろす。温かい光は彼だけでなく土や草、木々や小鳥たち、アリの皆までも包みこむ。もちろん隣にいる老いた龍も。
 その陽光の中に浸っていた龍王に一筋の電流が走った。弱々しく聴き取るのがやっとというぐらいのその声は、彼の半身と言っても過言ではない軟弱者からだった。
「爺、優のやつが危ういらしい。すぐにでも地界へ行く」
老龍を一瞥するや否や龍王は慌ただしく駆け出す。
「今日の境界はいささか不安定です。飛ばされないようお気をつけてください」
駆けていく人族の背にそう一言付け加える老龍。
手を振り上げる龍王。
そうして最後一匹になった小柄な龍は、
「王子、お気をつけて」
遠くを見つめる瞳で彼を見送った。
暖かい光の中、老いた龍は再び縦に長い体躯を地に伏せながらその眼前に咲く小さなちいさな草花をみつめた。


 望遠の限り広がる暗闇。肌の露出部に纏わりつく木々の息吹。彼は翼もなしに飛行していた。
飛行といってもその速度は駆け足並みに慎重でいつでも不意の強襲に対応できる状態だった。
軟弱者の気配は近い。徐々に高まっていく緊張感を堪えながら周囲に注意を払っていく彼。今回の彼の表情には若干の疑問の色が浮かんでいた。当初の彼が予想していたのとはやや異なり周囲は今でも静かに寝息を立てていた。いつもならこの時点ですでに周囲の守護神たちが騒いでいるはずなのだ。
 やはりおかしい。龍王はさらに思案を深める。
(優の助けが聴こえるような場合もたいていそうだが、異変があれば少なからずこの周囲はざわつくはずだ。それが今回は……風すらも穏やかだ。だとすると、これは何か経験した事のない前兆か)
彼の口の端がさらにきつく引き締まった。
 大きな木々の間を申し訳無さそうに生えている草々。それらを優しくなびかせながら一本のラインを引き続ける龍王。誰かが見ればあまりの非日常な光景に言葉を失うだろう。だがそのラインは彼が過ぎ去った直後にまた草々が身を起こすのでどんな軌跡だったのかさえもう誰も知る術はなかった。

ただ一組の瞳を除いては。

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