(これは……)
情けないカタワレの捜索中、思いもかけない人工物に出くわした彼は驚いていた。月明かりに照らされた異質な土の盛り上がり。その上に、何かを恐れているようにそっと置かれている拳大の石。さらに黒色の血が純白を汚した三枚の羽が土の盛り上がりの麓に供えられていた。森の風景としては明らかに異質であった。
(……なんて事だ)
その眉間に不快を表す筋が生まれる。それは愚か者がその弱き心に、臆病な自尊心に、そして存在すら虚無に近い脆弱な信念に対して、正面から堂々と向き合えなかったその結果創り出された一つの墓石。かつての白き羽はとうとう抗う事ができなかったのだろう。
(未熟……さ故の愚行。だれも地に堕ちた善き心を救う事はできなかったのか)
自然と震えだす両拳。この類の痕跡は過去の経験則からほぼ確実にある一つの事実を示唆する。そう、それはまだ未熟な心に禁知の囁きが投げ掛けられ、それに抗えず徐々に汚れた快楽に目覚めていく現象。天界の中でもわりと認知されているいわゆる負の教唆と呼ばれているものだった。
本来なら、成熟した者は容易に禁知の囁きなどに惑わされないし、子供は子供でそのような事態を防ぐため地界に来る際は必ず保護者がつかなければならないのが掟なのだが、それでもたまにこうした被害者がでてきてしまう。
 龍王はそっと目を閉じ理不尽な死を与えられた彼もしくは彼女の冥福を祈った。
 汚れてしまった羽からはそれでもまだ無邪気な幼い匂いが溶け込んでいた。
 悲劇だ
 彼は叫んだ。
 あんまりだ
 のどは張り裂けんばかりだ。
 天界の子供が地界に迷い込んだのも悲劇だ。それを闇に利用されたのも悲劇だ。そしてその結果子供が凶行に及んでしまったのも悲劇だ。彼の声なき声は今にも枯れそうだ。それでも彼の憤怒は止まない。
 (優……)
まさかお前の助けはそういうことなのか。
 新たな不安が過ぎる彼。もし本当にそうなら相手にはもう容赦などしていられない。お前ももしかしたらもう助からないかも、しれない。しかし、最悪そうであっても……。
 彼はそこまで思考して、止めた。そこから先は過去何千回も反芻し、そしてどれも同じ決意にたどり着いていたからだ。今さら改めて思考することもないだろうと龍王は閉じた目を静かに開け放ち、もう二度と墓石を省みることなくその場から駆け出した。泣いて誰かが助かるのならば、あの天空王は再び血を流す事は無かったのだ。






 闇は静かに森を抱える。






 急いで、しかし今まで以上に注意深く進む龍王の眼前にがさがさと音を立てた人影ができた。龍王は地に足をつけると同時に龍王の力の一部を以って一筋の刃を形成しようとした。だが次の瞬間にはある違和感に気づいて彼はとりあえず経過を見る事とした。
「やあ、どこかのつよーい能力者君」
少し低いが透明感のあるその声は、龍王をして先ほどの映像を思いださしむ。そして叫んだばかりの喉が再び焼け付きだす。ひとつの懸念を拭い去れず彼は思わず訊いてしまった。
「貴様、誰だ」
そう言い放ちつつ龍王の洞察は続く。普段闇夜などで目標が見えづらい時には一種の常套手段として彼は必ず目に意識を集中させある機能を発現させる。
――龍眼。
それはいついかなる状況でも獲物が放つ波気を感じ取る事のできる龍族ならではの機能で、応用次第ではその輪郭、全長、年齢、余命などの他、その獲物の力や能力、近い先の行動予測なども計り知る事のできるまさに異形ならではの才。龍族が各方面に名高い一つの理由にこれがある。だがしかし彼は純粋な龍族ではないのでわざわざ意識を高め発現させなければ使う事のできない力なのであった。
人知れず龍王の目が紅く充血し、ある一点を超えるやいなや瞳に淡い銀環が浮かび上がる。すると充血は引き、その目には淡い銀環だけが残った。
龍眼より見えたるは男。それもちょうど成人を迎えるかどうかの背丈風貌。無邪気な邪気。翼は見えないがそれでもこんな人間がここにいるのは不自然極まりない。そのどこから来ているのか分からない変な余裕も彼の懸念に繋がっていく。
龍王は平静でない心を鎮めようと一度深くため息をついた。
そう、それらは全てその男の発する波気だけで判断しているだけにすぎない。それに相手はさほど強い波気を発していないのでその細部までは伺い知れなかった。そしてそこより先ほど彼、龍王が感じたあの違和感がより現実味を帯びたのだった。
 つまり……、
「ちょっと待ってよお兄さん。その前に僕は何も出来ないただの一般人だからね。そんなか弱い立場の人に向かって力なんか使おうとしないでよ」
そう、ただの人間だったのだ。今このタイミングでこうして彼の目の前に現れた時点で限りなくクロに近いのだが、男からは闘いあえる程の力を感じ取れない。ゆえにまだはっきりとクロとわからない段階で彼の側から不用意に手を出すわけにはいかないのだ。
変にもどかしい感情を抑えつつ龍王は改めて問い直す。
「だから貴様は誰だと訊いている。力を使うかどうかはその後だ」
そこまでを聞いて男はニヤリ、としたかどうかはわからないがようやく龍王の質問に答えた。
「……僕はシュン。君みたいな能力を持つ者に興味のある一学生さ。まぁもっとも、こうして能力者と直に話すのは初めてなんだけどね」
 その語気は周囲の雰囲気とは異なって明るい。人外の力を使う興味対象に出会えた事を心の底から喜んでいるようで、身の危険などあまり考えてないようだった。それはどこか子供の無知にも似ていた。
「……貴様の目的は何だ。私は貴様などに付き合ってやれるほど暇ではない。用が無いのならさっさとそこをどけ」
シュンと名乗った青年はおどけた顔で言う。
「そんなこと言わないでよ。あーその時間はとらせないからさ、ちょっとだけ付き合ってよ。お願い」
そして顔の前で手を合わせる。
龍王はため息をついた。そして無言のまま歩みを再開する。シュンと名乗った青年は舌打ちをして背後に去り行く能力者に向けて一言、
「蜂さん、呼んじゃうよ」

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