一つ彼、龍王が拍子抜けしたのはあれだけ覚悟して助けに来た相手が安らかなる寝息をたてていたことだった。
ひとまず立ち上がり周囲の様子を確認する。不本意ながら極度の緊張から開放されたせいか頭痛を催していた。
 状況としては数メートル先に女の死体が一つ。特に目立った外傷は無さそうだが魂はもうここには存在していなかった。
暫し考え込む龍王。結論。とりあえずこのばか者を起こすために右拳を握りなおしたその時、突如遠方の空から重低音が五回と祈流星の流れる音がした。とっさに顔を上げ目を見張る龍王。本来ならば祈流星は幸福の象徴でこの音を聴けばすぐに願い事をしなければならないのが天界の風俗なのだが、龍王はすぐにある異変に気づく。そう、最初に聴こえた五発の重低音と祈流星にしてはやけに音にブレがありなお且つ五つほど流れているのはどう考えてもおかしかったのだ。そもそも滅多にお目にかかれないから祈るのだ。
「それにここは地界だしな」
だれに言うとでも無く彼は呟いた。木々はまだ迫り来る危機には気づいていない。軟弱者などに至っては言わずもがなだ。
 龍王は胸に下げた一石の澄んだみどりを握り締めた。そして、
「無人変化」
呟いた。
 鮮やかなグリーンの光が胸の石から零れだし彼を瞬く間に包み込む。そして一瞬後、先ほどとまったく変らない姿の龍王がそこより現れた。
 素早く彼は視界に映っていた五つの光弾に意識を当てる。一秒の瞑想。そしてほぼ目前にまで迫ったそれらに対して十の指先より収束されたる獰猛な波を放った。
「龍爪裂空!」
十の白き筋が地を這う蛇がごとく光弾へ向かって疾走する。光には劣るがその速度は常人では捉えきれない。白き筋は吸いつくかのように飛来する光弾へと命中したが二つほど仕損じてしまった。
 舌を軽く打ち素早く次の手に移る龍王。誘導光(波)線とほぼ同時に紡ぎあげていた大量の気と龍王の力を織り込んで形成する広範囲保護結界「龍の鱗盾」を即座に展開させる。辛うじて二つの衝撃を凌いだ。
もの凄い衝撃と凄まじい暴風が辺り一帯を押しつぶし、その反動で木々は大きく外側へのけ反らされ葉を次々と吹き飛ばされる。数秒経ってようやく森は静けさを取り戻した。
 荒い息をする龍王。一瞬とはいえ二発の砲撃を相手にした龍王の紡いだ結界は数ヶ所の亀裂が入っていた。それを一瞥するや彼は結界を霧散させ、やっと唸り声を上げて起きてきた情けないカタワレを見やる。
「おい!起きろ優!お前いつまでこんな所で寝てるんだ!起きろ優!」
肩をゆすってもまだ起きない。それどころかむしろ起こしている龍王に対して半ば怒っている感じでその手を振り払う。そのあまりの態度に彼はついに、キレた。
「キサマ人がせっかく心配して駆けつけてきてやったのにぐっすりオネンネとは一体どういう了見だ!もしこれが夢の中で助けてなどとほざいたものであってみろ。お前の家を……丸ごと一件消し去ってやる!」
勿論虚言である。すぐ先には女の死体。そして優が森の中で寝ているのは不自然極まりない。おまけに夢の中で叫ばれた助けまで通じては彼に休まる暇はない。
 しばらく軟弱者の様子を静観して、やむなく横っ面を叩く作戦に打って出た。
「おい早く起きろ!寝ている場合じゃないだろう!おい!!起きろ!優!早く目を覚ませっっ!」

※※※

「……りゅうおう……?何してんの?」
優は仰向けの体勢からのっそりと起き上がる。よっぽど長く寝ていたのかその髪には寝癖が認められる。
「やっと起きたかこの馬鹿!早く、準備しろっ!」
「じゅんび……?なにが??」
準備、それはすなはち戦闘体勢への移行という意だったが、腑抜け面のパートナーには理解の範囲を超えた言葉だったようだ。期せずして彼は欠伸を行い、龍王は堪らず頬を叩いた。
優の全く緊張感のない態度に腹が煮え立つ感を覚える龍王。ただでさえ今は状況が悪いというのに。
「目が覚めたか万年寝太郎。覚めたなら早く用意をしろ。すぐ次が来るぞ!」
そう言いつつ相棒に彼はその顔を用い砲弾の襲いくる方向を示してやった。すでに龍王の力は次なる攻撃を形成し始めている。

ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン

六発。今回も正確にこちらを狙ってきている。彼は両手に空を切り裂く蛇線を宿しつつ一度だけ優の表情を見た。この頼りない男に何度苦労をしたことかと改めてため息をつく。
 甲高い音を引き連れて死を贈与する六発の光弾。再びそれらに意識を当て龍王は必死に自らの生存を祈った。

※※※

「叫べ!」
「はぁ?」
いよいよ間近に迫った光弾を前に龍王の表情は凍り付いていた。ここにきてなんと力が不足し出したのだ。それはまさに発現の一歩手前で生じた悲劇。このままでは「龍の鱗盾」の形成が不完全ゆえに不安定化し、ともすれば一弾ですら防ぎきれない可能性が出てきた。
 その背に流れ落ちる、無数の冷や汗で恐慌寸前の状態から一瞬開放され次の手を即座に実行する。彼は「龍爪烈空」の形成を解除・霧散させ、可能な限り結界の方へその分の力をつぎ込み防禦の方を選択したのだ。それと同時に急いで優に一言、叫べと怒鳴った。優は意表をつかれた返事をしたが、叫べと言うしか今の彼には余裕が無かった。

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